2410月/12Off

映画|希望の国

希望の国」という映画を観た。最後はどんよりした気持ちになったが、次、京都がこんななったらどうしようって思った。私は逃げられるだろうか?

この映画は、日本で再び2度目の原発事故が起こる話。地名は架空の長島県。自分の家の庭半分に警戒区域立ち入り禁止のテープを貼られてしまう。

となりの家はバスに乗って皆で避難していったのに、自分の家は避難区域に入ってないから移動するなら自費でご勝手に、ということ。隣の家は危なくて、うちの家は危なくないなんてことはありえないので厳しいところ。

ここの老夫婦は、同居していたまだ若い息子夫婦に「逃げろ」と言う、無理やり追い出す形。「生きろ、安全な地域に行け」と。

今日本の現実では、逃げたい若夫婦を「出ていくのか、この裏切り者」ってののしる親や、友、隣人が多いと私は福島の知人たち複数から聞いているのだが、映画だからきれいなシーンを描いてくれているノカナ?勿論そんなひどい人ばかりじゃないだろうけど、現実は生きることを選んで逃げる人をののしる現象が起きていて、それはヒロシマナガサキでもそうだったようだし・・

映画では、老夫婦である親父さんは、痴呆の妻をかかえてもう移住することを諦めている。最後には飼っていた牛を全部銃殺し、自分たちも自殺してしまう。何と悲しい結末なんだろう。衝撃すぎてすすり泣く声が場内に・・

痴呆の妻がいても、息子夫婦と一緒に逃げて、生きる道を選んでほしかったけどそうできない、もうあきらめてしまったほうが楽だと思ってしまう心理もわかる気がする。

だから原発事故は本当に、人々の人生を狂わす「巨悪」なものだと思う。

目に見えないからといって放射能を気にしないフリをしている人たちも多いが、最初から生きることに諦めてしまっているのだろうか?本当は心のどこかで「安全ではないだろう」って気付いている人が多いと思う。いろんな人生の生き方があるんだなぁ。

私もいざ、京都がそうなった場合を考えると、すぐに動けるかどうか不安が大きい。でも一度はきっと逃げ出すだろう。新天地で生きる道を見つけられなかったら帰ってくるかもだけど・・・汗

何より原発を廃炉にさえすれば、日本の国土がこれ以上再び地震で事故り汚染されることもなく、人々は移住を余儀なくされることもなく生きていけるのに。

今日の報道ステーションでは原発が事故ったときに100ミリシーベルトに達する区域を地図で発表していた。大飯原発が事故れば、京都の北部まで即時避難を余儀なくされる。だからといって北部以外のところは安全なわけではない、これは大問題である。

滋賀の嘉田知事もVTRに出ていたけど、なぜ京都の山田知事は出ないのだ?不満が残る。

どうせまた、去年と同じように「安全」だとか「ただちに何とか」とか言って何もしないのじゃないかな?だから万が一そんな時が来てしまった場合、自分はどうするか?を今のうちにちょっと想定しておくのがいいと思った。とりあえず一旦逃げて、様子をみながら戻ってくるか、移住するか決めるとか?いっそ海外に住んじゃうとか(←これは難しいね)

人のブログみていると、多少なりとも知識のあった人はほとんどが即、一時的に西日本に逃げてきている。なので最初のフォールアウトをかぶらずに済んでいるのだ。この差は大きい。けれど仕事があればサッと逃げることも難しい、見えない鎖でつながれている不自由な身なんだと書いてあった。

ところで、この映画は原発の話題なのに、どうゆうわけか全国のシネコンで上映する。これを観れた人はとてもラッキーだと思う。

これまでの経緯からして、この手の映画は抹殺されるか、上映できても小さな映画館でひっそりと、という感じだった。

京都では、新京極のmovix京都で上映。