45月/13Off

葬儀。。

結局、、看病する間もちょっとしかなく、急性心不全を併発して亡くなってしまいました。

原因「小脳出血」→「急性腎不全」を併発し、「急性心不全」

突然すぎてショックでか。
1か月の入院予定が4日で亡くなるって不信感でいっぱいですよ。
とはいえ、身内ではないのでこちらがあれこれ口を出すわけにもいかず。

でも脱原発関連で知り合ったお医者さんがいて、その方がいろいろmailで使っている薬剤などの知識を教えてくれたりしたので「わけわからん状態であわわー」という状況には(私だけは)ならず、それだけでも救いだったかな。心拍が40切ったら覚悟してっていうことも教えてもらってたし。

お通夜~葬儀はなんと!親族として参加させていただきました。現役だったので花が70基?ほどきまして飾るスペースがなく、はみ出したりして。

亡くなったのは顔師の先生ですが、私のことを「娘」と思ってどこいってもそう紹介してくれて、、父が亡くなってからはお父さん代わりみたいな感じでいてくれてました。大きな葬儀で、弔問客も500人はいたのじゃないかしら・・あっけなく終わってしまいましたが、写真は初七日のあとのお料理です。(話があっちこち)汗

今頃はまだこの世にいてはるのでしょうけど、四十九日後には本当に旅立たれるのですよね。あちらは極楽でしょうからゆっくりのんびり休んでほしいです。

そういえば、私の父が最期の闘病をしていた2010年、私はずっと病院に泊まり込んで付き添っていたのですが、そのことを先生は「やっぱり娘がいるっていいなぁ。ぼくは子供がいないからさいご闘病しても看てくれる人がいない」って言ってましたけど「わたしが看たげるやん!(笑)」って言ってたの、本当に看ることができてよかったです。

ICUの中でずっと話をしてたのですけど(当たり前だが一方的に)、看護師さんも頻繁に来てくれていたのでいろいろ話したりねぇ。そのとき、先生の目から涙がツツ~っとあふれたんですよ(写真にも撮ったけど流石に公開は。。やめとく)麻酔で眠っててもこん睡状態でも耳だけは聞こえるっていうのを知っていたので「あ~~~聞いてるんや」と思って嬉しかった。

ちゃんとわたしが深夜も付き添っていたの、わかってくれているんやなぁと思いました。日中は親族の方と交代して看てましたが、私は夜が強いので!午前中はヘロヘロですけど夜は元気なのです。

先生、わたし世話になってばかりだったー。なにも孝行できなかったよ・・・
ご冥福をお祈りいたします。

寂しい。